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熊本ボランティア
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たとえ、いかなる境遇であろうとも、誰もが無限の可能性を秘め、未来を変えることができる。
それを、わが身をもって証明しようとする九州塗魂ペインターズ。

熊本の震災から5ヶ月目、
塗魂ペインターズ、初代九州長、地元熊本出身の遠山さんが、隈庄幼稚園の園長先生にお会いしお話しをお聞きしていく上で引っかかった一言の言葉…
 
「震災直後に園児達が描く絵は一様に色がありませんでした…」
 
実際に見せて頂いた園児達の絵は、一様に黒、灰色、 赤はあっても一色の絵ばかり…
 
震災によって瓦礫の山になった熊本は、一面灰色にしただけではなく子供たちの、心の色までなくしていたのです。
 
それを考えると、自分自身の心の中で同じ言葉が何度もこだまするのを覚えたのです。
 
「色を入れてあげられるのは間違いなく私達ペンキ屋…」
「心にだって鮮やかな色もいれたる!」
 
これは、4年前他界した遠山さんの父が自身の振る舞いをもって教えてくれた信念であり、全国の塗魂家族で共有している哲学でもあります。
 
そんな純粋な思いから、今年2月、全ての土日を費やして、熊本の子供たち一人一人の心の中に勇気と希望の春風を送るため熊本ボランティアを実施されました。
 
その純粋無垢なる思いに呼応した仲間が、北海道から鹿児島に至る日本全国から集まり、見事に、関わる人、一人一人の心の中に美しい笑顔の花を咲かせることができました。
 
不思議なものです…
 
子供の心の中に色とりどりの花を咲かそうと集まったものの、その花に囲まれ、笑顔の輝きに照らされているのは、他でもない自分自身であり、自分自身こそが、未来に生きる決意を深め、今生きている幸せを実感するに至ることができるのです。
 
企業活動では、ともすれば、売上や地位、肩書に目を奪われ、「心の財」が見失われてしまっていることがあります。
 
しかし、企業活動の本当に目的は、その企業に関わる人々の幸福です。
 
本当に人間が幸福になるには、「心の財」を積むしかありません。
 
心を磨き、輝かせ、なにものにも動じない自分自身をつくっていくことこそが大切なのです。
 
そのための企業活動であり、事業拡大であり、利益の確保です。
いな、そのための人生なのです。
 
ともすれば忘れてしまいがちな人間としての幸福の直道を鮮やかに蘇らせ、
本当に大切なものは何かを気付かせ、
ときにはぶれてしまった自分自身の思考を軌道修正する、
その原動力となるのが、塗魂ペインターズの社会貢献活動です。
 
この度、現実の生活で格闘しながら、わが身を焦がす思いで準備に当てってくださいました九州塗魂ペインターズと全国各地から集まってくださいました塗魂家族、いつも陰ながら絶大な力で支えてくださっている協賛メーカーの皆様、同じ時を刻ませてくださいました地元ライオンズクラブの皆様に心から感謝申し上げます。
 
きっと、誰よりも地元熊本とご家族を愛していた遠山さんの父が喜んで下さっているに違いありません。

朝日新聞掲載
朝日新聞掲載
本日、朝日新聞の塗魂ペインターズの記事を読んで下さった神奈川県内に住むご婦人からご連絡をいただきました。
 
新聞に連絡先がなかったにも関わらず、わざわざインターネットで検索して連絡して下さったのです。
 
曰く、「以前イスラエルに住んでいたことがあり、今もユダヤの人々との交流があり友情を育んでいること、本来であれば、ペンキ塗りが大好きなので、皆様と共にリトアニアに行きたいのです。
しかしながら、現実にはそれができないので、寄付をさせて頂けませんか?」とのことでした。
 
有難きお言葉を頂き、心より感謝申し上げます。
 
塗魂ペインターズは、国内においては一切の寄付をお受けすることはありませんでしたが、海外におきましては、上記のような真心にお応えするべく、寄付して下さったお名前を塗魂台帳に永遠に留め、もしも、寄付して下さった活動が叶わなかった場合には、全額返金の対応をさせて頂くこととなりました。

分断や差別の思想が台頭しつつある今だからこそ、皆様の真心を真正面から受け止め、幸福で平和な社会を築く主体者となるべく、怒涛の前進をして参ります。

わざわざ連絡先を探し、お問い合わせを頂き真心のお言葉を頂きましたこと、重ねて心より感謝申し上げます。
シチズン賞
シチズン賞 シチズン賞 シチズン賞 シチズン賞 シチズン賞 シチズン賞 シチズン賞

 この度、塗装でできる社会貢献団体、塗魂ペインターズがシチズン・オブ・ザ・イヤーを受賞致しました。

名もない庶民に光を当ててくださいました選考委員の皆様に心より感謝申し上げます。

【シチズン・オブ・ザ・イヤー】 日本人および日本に在住する外国人の中から、市民社会に感動を与えた、あるいは市民社会の発展や幸せ・魅力作りに貢献した市民(個人もしくは団体)を1年単位で選び、顕彰する制度。市民主役の時代といわれる中にあって、広い視野から市民を顕彰する賞がほとんど見られなかったことから、社名に“CITIZEN(市民)”を掲げるシチズン時計が1990年に創設したものです。略称「シチズン賞」。

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杉原千畝ハウス

 2017.1.26、リトアニアのカウナスのカイリース副市長が外務省主催(早稲田大学)「バルトセミナー」において「秋に塗魂ペインターズがカウナスの杉原ハウスに来てくれます」との言葉を受けて、塗魂による杉原ハウスボランティア決定。

前々日の24日、名古屋市の杉原千畝ゆかりの地である「人道の道」の視察後、塗魂ペインターズによるカイリース副市長歓迎会の席でご挨拶させて頂きました。

塗魂ペインターズは、何のために、杉原ハウスを塗装しに行くのか…

ご挨拶原稿は下記の通りです。
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カイリース副市長、この度は遠くリトアニアのカウナスからお越しくださり、また、杉原千畝ゆかりの地である名古屋をご一緒に歩いて下さり心より感謝申し上げます。

ザヴェツキエナ書記官、そして、ご来賓の皆様、本日は貴重なお時間を割いて下さり、心より感謝申し上げます。

本日、ご一緒させて頂く中で、我が心は天空を駆け抜け、時を遡り、77年前のカウナスに思いを馳せておりました。

時は第二次世界大戦、真只中、憎しみの心に支配された、差別と抑圧の指導者らがいた。

彼らは、国家や宗教、民族など、あらゆる差異で人々の心を分断し、自国の繁栄という大義のもと、尊き人の命を虫けらのごとく扱ってきたのです。

1940年7月18日の早朝、千畝はカウナスの領事館にいました。
千畝がカーテンを開けると、窓の外には、
まだ、あどけない子供がいた。
我が子を思い、不安に涙する母がいた。
只々妻と我が子だけは救いたいと願う疲れ切った父がいました。
戦争によって住まいを追われた一般市民の人たちです。

千畝は、外交官として、任務を果たすことだけを選んでいたのであれば、どんなにか楽だったに違いありません。
しかしながら、彼の心は、この世に人間として生まれてきた意味を問い、国境を越え、時を超え、悔いのない人間としての生き方を希求していたのであります。
だからこそ、彼は国家の偏狂な意思に背き、自身の心の声に耳を傾け、目に前の一人一人の命を救うことを決断したのであります。

あれから、77年、時は流れ、物質的には豊かになり、科学技術も進歩いたしました。
あの時代のことは、遠い過去の出来事のようにも思われます。
しかし、本当にそうなのでしょうか…

時代は変わっても、変わることなく差別発言の指導者らがいる。
民衆を犠牲にしながら軍事力を強化する国家がある。
テロリズム、人種差別、ヘイトスピーチ等、いまだ絶えることはありません。
時は経ても、悪しき戦争の因は人間の心の中に宿っているが故、同じ過ちを繰り返す危険性はいたるところにあるのではないでしょうか…

先哲曰く、「危険があることを知りつつも、自分に被害が及ばないからといって、放置することは、結果において悪と変わらない」

私たち(塗魂ペインターズ)は、けして有力の政治家でもなく、金持ちでもない、庶民の中の庶民の、ペンキ屋です。しかしながら、千畝の心の中に脈打つ世界市民としての魂の鼓動を感じることができます。

リトアニア(貴国)は、武力で他国を威嚇する軍事大国でもなく、お金で何でも買えると錯覚した経済大国でもありません。
貴国は、非暴力の「人間の鎖」で独立を果たした、世界でも稀にみる精神大国です。

今、まさに、この時代だからこそ、この世に生を受けた一人の人間として、精神大国の皆様と協力して、できることがある。
否、私たちでなければ、できないことがあるのではないでしょうか…

ペイントには蘇生という意味があります。

精神大国のカウナス市民の皆様と共に、杉原ハウスのペイントを通し、77年前、千畝の心にこだました「人間には誰しも幸福に生きる権利があり、誰も置き去りにしてはならない!」との思いを蘇生させ、
戦争の惨禍を食い止め、差別と抑圧をなくし、人権が守られる世界を築くため、
勇気の波動を世界に訴えてまいりたいと思うのであります。

どうか、この9月、カウナスでお会いできますことを心より楽しみにしております。
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Good evening Mister Kairys, the Deputy Mayor,
Thank you very much for visiting Japan. And we are thankful for walking with you along NAGOYA, a place noted deeply connected with SUGIHARA CHIUNE.

During our walk just now, my mind ran through the sky, went across time,
and I thought of the Kaunas City 77years ago. In the Second World War, there were leaders driven by hatred, discrimination and oppression.

They tear off people's hearts by abusing the differences between countries, religions and nations. And in the name of the prosperity of its country, they treated people's lives like nothing.

On 18th of July, 1940. The Japan Consulate in Kaunas was crowded by numerous of innocents. There were mothers crying for their children.
And there were fathers praying exhaustedly for their wives and children.

There is no doubt, it would be much more easier to choose to do its job
like everyone does as a diplomatic agency. But CHIUNE, questioned himself about the meaning of his life. And finally he found himself looking for the way of life just like everyone else.

This might be the reason why he listened to his heart and chose to disobey his country, saving people’s lifes in front of him.

After 77years, as time goes by, people are living a better life. People think that was just simply a part of the history, but is that so...

No matter time passes, there are still leaders addressing hate speech, there are countries reinforcing its military force but sacrificing their people. Terrorism, racial discrimination, hate speech never ends...

We are neither powerful politicians nor rich persons, we are just ordinary people, we are simply painters. But we are able to feel the heart beats of CHIUNE with his soul as a global citizen.

Lithuania is one of the most known Spiritual Country which achieved the independence by the Baltic Chain. As a human, exactly in this era, there is something we can do now. No, we should say there must be things to be done for this world...

The word "Paint" also means "Revive".

Let us be with CHIUNE's heart through the Painting of SUGIHARA HOUSE.
Let's stop all the wars, say no to discrimination and oppression.

As CHIUNE always says, "Everyone has the rights to live their life happily and nobody will be left behind". We must keep telling this and let's make our world a better place with human rights.

We look forward to seeing you in Kaunas in this September.
Thank you.

社会貢献支援者賞
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新年あけましておめでとうござます。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

さて、昨年の年末の出来事ではありますが、

この度、安倍総理の奥様の昭恵夫人が会長をなさっている社会貢献支援団体より、「社会貢献支援者賞」を頂くことができました。

塗魂ペインターズは、「塗装でできる社会貢献」のテーマを掲げ、2009年に17社で仮発足し、「思い付き」や「偽善者」などと心無い言葉を投げかけられることもありましたが、

2014年には100社とボランティア実績30件を達成し、本結成式を行い、公に船出を致しました。

そして、本結成より2年目にして現在は北海道から沖縄まで145社、

ある時は、特別支援学校の子供たちと共に、ペンキを塗り

ある時は、難病で離ればなれになった親子のために一緒に過ごせる施設を塗り、

ある時は、虐待で保護された子供たちと共に同じ時間を過ごしました。

そして、現在まで全国で70か所以上のボランティア現場を行い、

東日本大震災や熊本地震などの支援にも携わらせて頂きました。

海外初のボランティアでは、ハワイでの活動後は真珠湾のアリゾナ記念館で献花をさせて頂き、

ベトナムのホーチミンにも参りました。

そんな活動の様子をじっと見守って頂き 、ご評価して下さったことに素直にうれしく思います。

しかしながら、いかなる賞や賛美より、この活動で出会った仲間の笑顔や子供たちの笑顔こそが自分自身の人生を飾り、父や叔父を含め、塗装業界で家族や友の幸せのために一生懸命貢献して下さった名も無き塗装職人の恩返しにつながっていくことを確信しています。

塗魂ペインターズの皆様と陰ながらいつも応援して下さっている応援団の皆様に心より感謝申し上げますとともに、

一人の人間に無限の可能性があり、未来を変えることができることを証明するため、

「心の中の平和の砦を築く」ため、

自分自身の小さなエゴを打ち破り、一人一人の心の中に、勇気と希望の春風を送る行動のさらなる前進の誓いとさせて頂きます。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
 

塗魂継承式
継承式準備中

継承式準備中

初代池田会長代行

初代池田会長代行

初代原田会長代理

初代原田会長代理

宮嶋会長

宮嶋会長

初代北海道長

初代北海道長

初代九州長

初代九州長

初代九州長と新九州長

初代九州長と新九州長

初代中部長

初代中部長

初代通四国長と新四国長

初代通四国長と新四国長

初代執行部

初代執行部

本日は、塗魂ペインターズの執行部を新執行部に継承する継承式が行いました。
本日をもって会長の任を2代目宮嶋会長に引継ぎさせて頂き、これからは顧問として携わらせて頂くこととなります。

会長任期中は、支えてくださいました池田会長代行、原田会長代理、各方面長、顧問、各方面の一人一人のメンバーの皆様、そして、誰よりも塗魂応援団と協賛メーカーの皆様に心より感謝申し上げますとともに、継承して下さる、宮嶋会長はじめとする新執行部の皆様に心より御礼申し上げます。
以下は会長として最後にご挨拶させて頂いた全文となります。

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宮嶋会長就任並びにあたらなる布陣による新出発

まず、塗魂応援団の皆様、協賛メーカーの皆様、本日は大変大忙しいなか、また遠方より、我らが闘将、宮嶋会長就任、新たなる布陣による新出発にお越し頂き、誠にありがとうございます。

皆様がいらっしゃるからこそ、今の私たちがあります。

このご恩は決して忘れることはありません。

生涯を通し御恩に、報じてまいりますことをお誓い申し上げます。

どうかこれからも温かく見守っていただき、共に歩んでくださいますようお願い申しあげます。

さて、塗魂家族の皆様、宮嶋会長誕生、誠におめでとうございます!

宮嶋会長の誕生は、いかなる試練があろうともすべてを乗り越え、未来永劫にわたって塗魂が輝き行く兆しだと思いますが兄弟の皆様いかがでしょうか!

本当におめでとうございます!

塗魂は今日お集まりいただいた一人一人のために結成しました。一人一人が主役です。

将の将たる宮嶋会長の共に、ますます仲良く、朗らかに、あらゆる試練を乗り越えて、大勝利の人生を共々に歩んでまいりたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします!

誰もが無限の可能性を秘め世界に変化をもたらせる

さて、塗魂ペインターズは、この社会貢献活動を、世代から世代へ継承し、永続ならしめようと考えております、否、決意しております。

それはいったい何故なのか!

それは、たとえどんな境遇であろうとも、誰もが無限の可能性を秘め、未来を変えることができる。

それを我らが命をもって証明するためであります。

同時に、ほかでもない、塗魂家族一人一人が限りある人生を「わが人生に悔いなし」と言い切れる生涯を歩むためであります。

そのために、己の小さなエゴを打ち破り、友のため、社会のため、一人一人の心の中に希望と勇気の春風をおくる「絆深き連帯」を築いたのであります。

自分だけの幸福もなんていうものはあるわけがない。

と同時に、他人だけの不幸もない。

なぜなら、世界のあらゆる人が、目には見えない「関係性という名の糸」でつながっているからであります。

ゆえに、自分が幸せになりたいのであれば、出会う人、一人一人を大切にし、しあわせにする。

これが塗魂ペインターズの哲学なのであります。

誰よりも悲しい思いをしたから、人の心がわかる人間に

思い起こせば、活動当初は悔しい思いをされた方も多いと思います。

ある時は、長続きしないだろうと言われ、

ある時は、偽善者と罵られ、

ある時は、「自分のことで精一杯の人間がボランティアとはいいご身分だな」と揶揄された。

時を遡れば、人生もけして順風満帆ではなかったはずです。

生まれた境遇を恨んだこともあったかもしれない。

あまりにも素直で、人を信じやすいがゆえに、騙されることも度々あったことでしょう。

また、若くして、愛する人と別れなければならない悲しみ経験した方もいるはずです。

どちらかといえば、だれよりも悔しい思いをし、誰よりも悲しい思いをして来たのではないでしょうか…

しかし、だからこそ、私たちは誰よりも人の心がわかるようになったのであります。

だからこそ、友の喜びをわが喜びとし、友の悲しみをわが悲しみとできるようになったのです。

振り返ってみれば、これまでのあらゆる試練が、そして労苦が、私たちの心を鍛え、あらゆる人を幸せにする力を養ってきたのであります。

あるときは特別試案学校で…

この数年皆様は、否、兄弟たちはあらゆるところで、あらゆる人の心の中に勇気と希望の春風を送ってまいりました。

ある時は特別支援学校の子供たちとペンキを塗り、子供の可能性を垣間見た父から満面の笑顔を引き出した。

ある時は難病で離ればなれになってしまう親子のために、一緒に過ごせる施設をぬり、病と戦う勇気を引き出すことができました。

ある時は虐待で保護された子供たちと一緒に過ごし、親がいなくても、自分自身で明るい未来を切り開くことができるということを伝えようとしました。

戦後70年目は平和の祈りを込めて広島より出発し、核兵器のない世界を願い、長崎にも参りました。

海外初のボランティアでは、真珠湾のアリゾナ記念館で献花し、塗魂家族が平和のために何ができるか模索した。

ベトナムでは、ホーチミンの戦争博物館にたちより、爆撃機から逃げ惑う子供たちを目にし、戦争の愚かさを心に刻み込みました。

そして、震災の爪痕深き女川と熊本で、「絆深き連帯」を永続ならしめることを誓ったのであります。

この地上から「悲惨の2字」を消し去りたい

たとえどんな境遇であろうとも、誰もが無限の可能性を秘め、未来を変えることができる。

それを我らが命をもって証明したいのであります。

甚だ僭越ではございますが、私たちの願い、否、塗魂の誓いは、この地上から「悲惨の2字」を消し去ることであります。

私たちは、自分のことだけを考える、卑怯な歴史の傍観者にはなりたくはない。

私たちは、一人ひとりの心の中に希望と勇気の春風を送り、堂々と歴史を塗り替える主人公になりたいと思いますが、塗魂兄弟の皆様いかがでしょうか!

ある人は言う、ペンキ屋ごときが、世界や歴史なんて変えられるわけがない。

何かに挑戦すると、利口ぶった傲慢な批判者が現れる。

これはいつの時代も通じる歴史の方程式であります。

過去に同じようなことを言われた、ある男はこう答えました。

世界といたって、何千何万という人々を見回すことが必要なのではない。

その時、その時に、一人の命に触れるかどうかが大切なのだ。

一人に命に触れ、その命に希望を与えることができたなら、勇気を引き出すことができたのなら、それこそが私たちの作り出せるもっとも大きな変革なのだ。と

これは、のちに偉大なる魂と呼ばれた、マハトマ・ガンジーの言葉であります。

ある平和学者はこういった

未来の動向を決定するのは、自らの可能性を否定しない、活動的で献身的なほんの一握りの庶民です。その人々がやがて文化の総体を変革する。

本日は、我らが闘将宮嶋会長と共に、未来の動向を決定する陣列につらなることをお誓い申し上げ、魂のバトン継承のご挨拶とさせていただきます。
本日は誠にありがとうございました。
 

横浜市立西本郷小ボラ
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本日は横浜市西本郷小学校による親子塗装教室、
60周年の佳節、お世話になった学校をきれいにしたい、「あとから入ってくる新入生に何かを残してあげたい」「今いる生徒たちに喜んでほしい」「卒業の思い出をつくりたい」そんな真心から親子で学校のペンキ塗りをしようとなったところ、偶然にも私たち塗魂ペインターズのことを知ってくださり、6年生と親御さん有志、塗魂ペインターズのコラボによるこの度に塗替え活動となりました。

私たちの活動は、けして背伸びするわけでなく、自分たちのありのままの姿で、自分らしく、相手を笑顔にすることで、自分自身も照らされゆく、自他共の幸せを目指す活動です。
もう少し詳しく表現すると、相手に喜んでいただき、感謝していただけることで、そこに自分自身の存在意義が実感し、それを糧にすることで経済活動においても実績を出し、その実績で生み出した利益を社会貢献活動にあて、さらに多くに人に喜んでもらうことで更なる心の糧を得、それを燃焼させ、更に広い社会での戦いに向かい、自他ともに喜びある循環を志向する仲間たちです。

自分だけの幸せもなければ、他人だけの不幸もない、

自分という一人の人間は、単独ではけして存在することはできず、友人、愛する家族、尊敬する先輩、地域の人々、それらの人々との関係の中にこそ自分自身が存在し、けして切り離して考えられるものではないことを知悉しているからなのであります。

そして、このような活動を継続する中で、様々な人たちと出会い、ある時は悲しみを、ある時は喜びを分かち合うことで、本来、人間に上下などはなく、「他者の命も自分の命と全く等しく尊い存在」ということを心の底から実感することができるのです。

出身がどうだとか、お金があるとかないとか、学歴があるとかないとか、少数派だとか多数派なのか、そんなことは個性であっても、上下になりうる属性にはならないことは知悉しぬいているのです。

さて、先日、相模原市における障害者施設を襲い何人もの尊い命を奪うという許しがたき犯行がありました。
突然奪われた尊い命のことはもとより、ご家族の気持ちに思いを馳せると、あまりにも痛ましく、あまりにも悲しく、と同時に憤り抑えがたく、絶対に許すことのできない蛮行であることは言うまでもありません。

歴史を振り返れば、人種差別による大量虐殺があった時代がありました。
しかし、これは、今なお、けして過去のこととして片づけることのできません。
最近では、フランスのミースやバングラデシュで行われたテロによる残虐行為もあった。身近なところでは、憎悪に支配されたヘイトスピーチがあり、いじめも絶えることはありません。
そして、そこに必ずと言っていいほど、当事者に群がり一緒になって憎悪を煽る狂気じみた人々がいて、悲しき無関心な傍観者も存在します。

外面には様々な形で現れますが、これらの差別の根源に対し、インドの先哲釈尊は、「人の心の中に見がたき1本の矢が刺さっているのをみた」と表現し、人の心に巣食う他人を見下だし自分自身を優位に立たすねじ曲がった自己愛を喝破しておりました。
オバマ大統領のミシェル夫人も、自分の幼少のころの体験の中で、差別を話しする際に引用したのは有名な話でもあります。

はなはだ生意気ではございますが、私たちは塗装ボランティアを通して古い遊具や校舎を塗り替えることを通じて、人々の心を塗り替えたい。

私たちが活動を通し心から実感している感覚…
本来、育った環境、職業や趣味、信条や生き方、民族、宗教に至るまで、差異は差別の対象ではなく、光り輝く個性という多様性の源であるとはっきり申し上げたいのです。

私たちは、ありのままの姿で、自分らしく、相手のこれまで紡いできた人生の物語に真摯に耳を傾け、あらゆる人と友情を育み、一人一人の心にあかりを灯すことで、自身が照らされゆく、自他共の幸福を目指してまいります。

それが塗魂ペインターズの理念だからです。

ベトナムボランティア
ベトナムボランティア ベトナムボランティア ベトナムボランティア ベトナムボランティア ベトナムボランティア ベトナムボランティア ベトナムボランティア ベトナムボランティア ベトナムボランティア ベトナムボランティア

ここで生まれた人々は愛する祖国ベトナムをこう称える。

「金色の山々と銀色の海が広がる麗しきふるさと」

しかし、この麗しきふるさとがどれほど悲惨な戦争に蹂躙され悲しい思いをしたことだろう…

フランスによる植民地支配、日本軍の進駐、太平洋戦争が終わり、ようやく独立国家をたちあげるや束の間、再びフランス侵略による南北分断、8年の歳月が過ぎ、必死の思いでフランスから守ると、まさかの大国アメリカの介入。

北爆という第二次世界大戦で使用された爆弾の総量を上回る大爆撃の中で、アメリカの指揮官は「ベトナムを石器時代に戻してやる」との傲慢な言葉を言い放ち、

アメリカ兵士は自由を脅かす共産主義者との闘いだと教えられ、東洋人は黄色いケダモノだと洗脳される。

戦場では、たとえ女性であれ、子供であっても、数多く殺すものこそが英雄視された。

しかし、黄色いケダモノと標的にされたベトナム人は、ふるさとである美しい大地と愛し、愛する家族を守り、細やかな幸せを望んでいる父であり母であり未来ある子供たちであったのです。

殺さなけば、自分が殺されるかもしれないという恐怖心が、無抵抗な人でさえ敵に見させてしまうという極限状態、ある村では、女性、老人、子供までもが数百人が虐殺される。

麗しき金色の山々には猛毒のダイオキシンを含んだ枯葉剤がまかれ、緑の大地はこげ茶色の枯れ木の山となった。

そして、のちに生まれながらにして障害のある多くの子供が生まれ、さらなる悲劇を生みだしました。

8歳の娘と3歳の息子を殺された父は嗚咽し「何が憎くて人の国へ勝手に入り子供まで殺すのか?」かけがいのない家族を失った憤りと悲しさで涙は枯れることがなく、憎悪は消えることはない。

あるアメリカ兵士は自分が殺したベトナム兵士の胸のポケットを弄り、彼と彼の娘がほほ笑んで並んでいる記念写真を見つけた。

優しいベトナムの父は将来があるだろう若いアメリカ兵士と対峙し、殺すことを躊躇し、殺されることを選択したに過ぎなかった。

それを直観したアメリカ兵は生涯罪悪感に苦しみ続ける。

黄色いケダモノと信じていたベトナム兵士は娘の幸せを願い、ふるさとを守ろうとしていた心優しい父だったのだ。

本来人々の自由と平等を追求し平和のためのイデオロギーが罪のない人々を殺すことになる本末転倒、罪のない人々を殺しても守らなければならない主義や主張とは一体いかなるものなのか…

戦場を離れ自分自身の内なる声に耳を傾け、いくら悔やんでも、犯してしまった罪と心の中の闇は消えることがない。

人間は善にもなりうるし悪にもなりうる。

本当の敵は自分と異なるイデオロギーを持つ人でもなく、自分と異なる宗教を持つ人でもなく、自分と異なる民族でもなく、自分と異なる国家に住む人でもない。

本当に対峙しなければならない敵は、人間の心の奥底に宿る、人を思い通りの動かそうとする支配の心、差異を憎む心であって、自分と異なる他者ではなく、自分自身の内なる悪ではないだろうか…

この戦争で、米軍6万人、北ベトナム解放軍100万人、南ベトナム政府軍24万人、民間の犠牲者50万人の上ったといわれています。

数が多いから悲惨なのではない。

亡くなった一人一人が大切な父であり、心優しい母であり、未来ある子供たちで、ひとりひとり紡いできた人生の物語と大切な夢と、無限の可能性を瞬時に奪うことが戦争の残酷さであり悲惨さなのです。いかに大義名分で取り繕っても愚行以外の何物でもなかったことを厳しく受け止めなければなりません。

さて、戦後40年、現在、当時サイゴンと呼ばれたここホーチミンの中心の道路は舗装され、海外のブランド店が立ち並び、高級車なども通り経済成長を果たし、一見すると幸せをつかんだかのように見えます。

しかしながら一歩町を離れると、未だ9割以上は貧困層、病気になってもお金がかかり、病院には行かせることができないという家庭がほとんどです。

過去の爪痕はほんの一部分を表面的には隠せてもたった数十年で消し去ることはできないのです。

戦後40年の節目、過去の歴史と現状のベトナムに思い馳せ、一人の日本人医師と心優しき看護師が立ち上がる、その医師とはかつては人間の尊厳のため公正な立場で紛争地や自然災害地に従事する「国境なき医師団」に所属し、東日本大震災の発災の2日後には国連からの指令でニュージーランドの災害現場から台湾医療チームと一緒に福島に入って被災者の治療にあたった世界を駆け巡る名医、

一方、看護師は東京の大学病院の勤務を経て、若くして婦長となり日本で優秀な看護師の輩出に尽力された優秀で心美しき看護師です。

自分のことだけを、自分の家族のことだけを、自分と親しい友人のことだけを考えるなら日本はもちろんのこと、先進国で従事することで生涯豊かな生活は約束されています。

しかし、世界を知り、貧しい子供たちの存在を知り、その子たちの未来に思いを馳せるとき、自分だけの幸せだけを追い求める人生では「魂」を納得させることができなかったのでした。

国籍は日本、しかしながら心の中は国境など存在せず、世界市民としての自覚が安きに甘んじることを許さないのであります

「自分だけの幸福や安全もなければ、他人だけの不幸もないこと」を観念ではなく魂で知っている名医と看護師の物語がここベトナムで始まろうとしていました。

曰く、「貧しい子供から医療費をもらうつもりは微塵もない」「私はお金では動かされない、魂で動くのです」「数年後ここベトナムから優秀な医療者が陸続と排出されることになるのです、きっとその子たちが貧しい子供たちを助けてくれるに違いありません」

ただ一つの憂いは、いくら医療技術があっても医療を施す空間が不衛生であるならば、感染症で亡くなるケースも少なくない。現に、衛生的とは言い難い空間で、できる限りの医療を施した患者が感染症で命を落とす悲しい出来事も経験した。

銭勘定抜きにして、平和な未来を育む戦いに心から賛同し、急きょ塗魂ペインターズの海外ボランティア第2弾、ベトナムボランティアが決定したのでした。

わずかな滞在期間とわずかな人数で、診療室1室と医務室1室を断熱ガイナで塗装させて頂くことになったのです。

ある人は言う、もっともっと貧しい国や地域はある、ここだけをボランティアしたところで焼け石に水ではないだろか?

親愛なる塗魂家族の皆様、ちっぽけな波騒など気にせず、悠々と見下しながら大胆に生きましょう!

私たちは限りある人生の途上にあって、出会うことができる人はほんの一握りであり、その出会いは偶然ではなく必然であることを知っている。

一人の人間の可能性は無限大ゆえ、目の前の一人に真剣に向き合うことが世界に向き合うことに通じるということを知っている。

たった1つの診療室と1つの医務室が、ここベトナムの子供たちの命を救うことで、その命が、人間の尊厳を輝かせ、戦争のない世界へと変革し行く無限の可能性を秘めていることを知っている。

なぜなら、私たち塗魂ペインターズは不幸で泣いた人こそが、誰よりも幸せになる権利があり、誰よりも幸せにする力を秘めていることを知っているからです。

西巣鴨小ボランティア
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塗装で出来る社会貢献、塗魂ペインターズ

実は塗魂発足5年目にして初めての地元である豊島区での開催です。

2週にわたって地元東京塗魂中心に準備を進め、2.27に親子参加による塗装教室を行いました。

どれくらいに人数が来られるかも全く不明、100人を目標にしていたところ集ってくださった方はなんと270人、近所ということもあり娘と娘の友人を誘っておりましたので、楽しく有意義な1日を過ごさせて頂くこっとなりました、また、西巣鴨小学校の102周年記念行事として十分お役に立てたことに心より満足しております。

さて、繰り返しでございますが、一体何のためにこのような社会貢献活動を行うかと申しますと、

他でもない自分自身が充実した人生を歩みたいからです。

限りある1度の人生を悔いないよう過ごしたいからです。

自分は生まれてきてよかったと心の底から実感したい

いじめや虐待など、腐った行為をなくす力をつけたい。

世界に目を向け紛争や戦争をなくす力を付け、ほんの少しでも役に立ちたい。

それが自分自身にとって見えざる心の財産であり人生を豊かにする唯一のことだと確信しているからであります。

先日ウルグアイのムヒカ前大統領が来日されました。

2012年のリオデジャネイロでのスピーチにおいて

「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲がありいくらあっても満足しない人のことだ」との言葉を残した大統領です。

 

最後にムヒカ前大統領の来日時に残した言葉を紹介させて頂きます。

「“私たちは今幸せに生きているのか”ということを常に考えることです。

私たちは多くの富を抱え、科学技術が進歩した時代に生きています。

150年前と比べて人間の寿命は40年も伸びた一方で、軍事費に毎分200万ドルもかかるようになり、世界で最も裕福な100人ほどが人類の富の半分を所有するようになってしまいました。

こうした不均衡を作りあげたルールが支配する世界になっています。

若い人には私たちの愚かな過ちを繰り返さないでいただきたいです」

「私は修道士のように生きろと言っているわけではありません。

富に執着するあまり絶望に駆られる人生を送ってほしくない、ということです。

ささいなことではあっても人間にとって本当に重要なもの、

たとえば愛であったり、

子どもを育てることであったり、

友達を持つこと、

そういうことのためにこそ人生の時間を使ってほしいと思います。

生きていること自体が奇跡なのですから」

常総ボランティア
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 2015年9月、鬼怒川の堤防決壊によ大きな被害がもたらされてしまった茨城県常総市

川が氾濫し建物は大人の腰以上に水につかってしまい、避難指示が出たてしてもどこに何も持って避難していいのかわからない。

「まさか自分こんな目に合うとは…」

災害に会ったまさかの出来事に一様に「まさか自分か…」との言葉が頭をよぎる。

一方、同じ茨城県でも鬼怒川を少し離れると全く被害はなし、ほんの少しの違いが天地雲泥の差になること目の当たりにしながら、「いったい自分に何ができるのか…」と考え続けていた塗魂ペインターズのメンバーがおりました。

茨城県守谷市に在住のプラティナコーティング 大野社長です。

「自分や家族が被害に会わずほっとした」もちろんある一面これも素直な気持ち、

しかし、同時に被害にあった方を目の当たりにする中で心を痛め

「社会貢献を経営理念にうたいいながら同じ県内で起こった災害に対し、自分はいったい何ができるのか…」と苦しむ、これもうそ偽らざる素直な気持ちです。

あれこれ考えることより、とにかく動こうと、やむにやまれない思いで現地に駆けつけるも、あまりの被害の甚大さに呆然とするばかり、只々自己の無力さを痛感する中で自分が最も力を発揮できる状態となるまで、機が熟すのを待まっていました。

鬼怒川の堤防が強化された。

道路上の土砂が片付けられ車や人が通れるようになった。

幼稚園や学校の床と壁の補修も完了した。

しかし、行政の予算はこれが限界、壁や遊具をきれいにするまでの予算はない。

迷うことなく2月下旬に再開するためにどうにかできないかとの声に呼応し、今回の常総ボランティアとなったのであります。

幼稚園の先生やご両親はとても喜んで頂き、ペインターズだけに任せるのは申し訳ないということで、私たちと一緒になっての親子塗装教室がこの常総ボランティアとなった経緯です。

 

偉大なる人間教育の先哲は、人間の生き方には大別して3段階あるといいました。

自分の持つ可能性を実感できず、ただただ周囲に合わせ、人や環境に依存する生き方、

自分自身の人生の舵取りをしようとする意思はあるものの他人に対する眼差しは冷ややかで、他人が困難に直面しても本人が何とかすべきであると自己責任論を展開する生き方

自分と他人との間に線を引くことなく、自分だけの幸福もなければ、他人だけに不幸もないことを気づいており、積極的に人に貢献しようとする生き方

そして、先の2つの生き方のような悪いことをしなくても、良いことをしないのは結果として悪と何ら変わりがないと喝破したのでした。

一見すると厳しい意見にも聞こえますが、例えば、川で溺れている子供がいた場合、なぜ足を踏み外してしまったのか、誰かに押されたのかなどを問うのではなく、まず何とか助けようと努力することが人間として、人間らしいの振る舞いであるといえましょう。どんな理由であれ、「私が溺れさせたのではない」などといって傍観するのはあまりにも理不尽であり、悪に通じるということは誰にも容易に理解できることと思います。

自分が原因でないにしても困った人を目の当たりにし何ら手を差し伸べることができない人は悪や不幸を増長することがあっても、微塵の幸せをもたらすことができません。

「自分は人に迷惑をかけない生き方をする」などどいった消極的小善的な生き方は、結局は「人の不幸の上に自分の幸せを築く」といった悪に生き方に飲み込まれていってしまうのです。

 どうせ生きるなら、小善的な自己満足や自己責任論を展開させ利口ぶった生き方などには興味がない。

どうせ生きるなら、自分た他人に小さな垣根など悠々と乗り越え、自分の努力によって人々に笑顔の明かりと灯し、自己の存在意義を実感しながら生きていきたい。

どうせ生きるなら、自己の無限の可能性を信じ、より良き社会を変革する主体者としての生き方を全うしたい。

 なぜなら、私たち塗り魂ペインターズは「真の幸福は、社会の一員として人々と苦楽を共にしなかれば得ることはできない」との先の先哲の言葉の意味を少なからず実感としてつかみ取っているからなのです。