つれづれ

自分らしく

先日ホームページをご覧下さった施主様よりお問い合わせ頂き、見積もりに向かいました。

当社から少し距離があるのを気にしつつ…

以前、北関東からお問い合わせ頂き、「急いでいるので当日お見積もりがほしい」と言われましたので、その日の夜に見積書のみをファックスで送ったところ、すぐ連絡があり「高すぎる!この辺の価格相場をご存知か?」との返答。いや、正確にいえば「知ってるのか?」

相手が少し興奮気味だったので聞く側に回っていたところ一方的に電話を切り、そのまま連絡がくることがなかったことを思い出したからです。

会社から現地まで往復だけで半日、見積もり作成を含めると丸一日潰れ、交通費にかかった費用は5000円

帰ってきたのは興奮気味の「高すぎるじゃないか」との言葉。

それ以来、遠くのお施主様からお問い合わせいただいたときはその記憶が蘇り、実は、最近まで正直にこのことを話をし、「ご近所でお探したほうが良いと思います」と返信させて頂いておりました。

もしかしたら同じようなことを経験された方もいるのではないでしょうか?

しかし、今年に入り、やはり北関東のお施主様よりお問い合わせ頂き、同様の返信をしたところ、「価格的なものは覚悟しております、遠くなので来て頂けないでしょうか?」との返信を頂いたため、お伺いしお見積もりをご提出させて頂いたところ、「以前からずっとホームページを見ていました」とのお言葉を頂き見積書ご提出後しばらくしてご依頼のご連絡をいただきました。

このような有難い行為が固定観念のブレーキとなり、最近ではメールでの文章を注意深く読むように努め、全てというわけではありませんが、例え遠くても一方的にご近所のの業者さんを勧めることなく現場調査へお伺いするようにもなりました。

そして、昨日、電車でお伺いさせて頂いたところ、「わざわざ遠くから有難うございます」とのお言葉を頂き、帰りには車を出して頂き、駅まで送っていただきました。

車中、「安田さんは実は、お知り合いの方から紹介して頂いたんです。」「安田塗装さんでやってもらって良かったよと言っていました。」誰だろうと思いつつ、その方の職業に話が及んだとき、数年前携わらせて頂いたはやり遠くのお施主様の顔が蘇ってまいりました。

…本当にありがたい。

今回は、過去にあった固定観念に縛られず行動していた自分にほっと肩をなでおろすと同時に、採算云々は別にして、施工品質の上でも、高品質に相反する低価格の上でも、知恵を搾り出し、何とかご期待に添いたいと強く思いました。

原価レベルでいえば、施工の携わる人件費が大半の塗装工事、施工品質を上げれば人件費を投入するため価格高くなり、安くするためには人件費を抑えるため、品質が下がる。

しかし、売価レベルになると各会社独自の幅の経費という名の粗利益が原価に加わり、「高品質だから高い」「安いから低品質」などといった単純な図式も成立しなくなり、「安かろう、悪かろう」だけでなく、社会問題ともいえる「高かろう、悪かろう」といったことがあったり、仕様通り施工をしないことが前提の激安見積もあって、例え同業者であっても、見積書の書面のみで品質と価格を判断するのは非常に難しくなってきます。

なぜ同じ建物を見積もっても価格が違うのでしょう

しなしながら、価格の高い業者は、施工品質の高さを声高に訴え、価格の安い業者を手抜きといわんばかりに攻撃し、価格の安い業者は、利益度外視を強調し、高い業者をぼったくり業者といわんばかりに攻撃。互いに仕事の内容をみたこともないにも関わらず。

私の同業の先輩なら、この業界のこの有様を何て呼ぶだろう…。

そう、「へっぽこ」とか呼んでいたかな。

こんなへっぽこさんは放っておいて、自社は、自社らしく、自分は自分らしく、施工品質と価格のバランスを努力し、お施主様に理解して頂けるよう一歩一歩努力していこう。

全ての人ではなく、今まで支持して下さったお施主様とこれから支持していただけるお施主様のために。

そして、何より、自身が独り善がりや八方美人にならないために。

そうだ、随分と前に読んだ本の一節を綴っておこう…。

『波騒は世の常である、波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る、けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を、水の深さを』

宮本武蔵(吉川英次)の最終章より