201709/27
【スギハラハウス】の記事
201709/18
スギハラハウス再生|陰の大功労者
敬愛なるプラネットジャパン 平尾和眞様
-スギハラハウスプロジェクト 陰の大功労者-
「人間は誰しも幸福に生きる権利があり、誰も置き去りにしてはならない」
塗魂ペインターズは、9月初め、今再び、世界に漂う差別主義や国家主義の兆しの暗雲を打ち破り、杉原千畝の世界市民としての魂の鼓動を蘇らせ、「民衆による誓いの連帯」による平和実現の大切さをカウナスから世界へと発信するため、カウナスの杉原千畝記念館の再生に携わらせて頂くことができました。
お忙しい中、現地に馳せ参じて下さった皆様はもとより、寄付をお寄せくださいました皆様、日本で成功を祈り見守って下さいました皆様に、あらためまして心より御礼申し上げます。
なかんずく、予め現地に赴き、リトアニア文化遺産局との打ち合わせから、仕様決定、材料支給、材料搬入の事前確認等、このプロジェクトの根幹を、全て無償にて担って下さったプラネットジャパン平尾社長ご夫妻に心より感謝申し上げます。
この建物は、カウナス市から塗魂ペインターズによるボランティア塗装が許可されたとはいえ、市民の皆様にとっても平和の大切さを世界へと発信する大切な財産であること、また、国境を越え、世界記憶遺産の申請中ということもあり、リトアニアの文化遺産局の合意を得られなければ何も手を付けられない状態でした。
すでに日本国内においては、新聞などで、塗魂ペインターズによるスギハラハウスのボランティア塗装が決定事項として扱われていた7月になっても、実は施工仕様が何ら決定していないという状況だったのです。
そんな中、平尾社長は、自分のためではなく、塗魂ペインターズの信頼を失わせてはいけないという真心と責任感から、奥様と共にリトアニアまで渡航し、リトアニア語の通訳を雇い、友人である隣町のビリニュスのサウリウアス氏の協力を仰ぎ、十数回の打ち合わせを根気よく続けて下さったのです。
その目に見えない陰のご尽力があったからこそ、文化遺産局の背中を後押しし、施工仕様が決定され、この時点で初めて、塗魂ペインターズのボランティア施工が正式に認められたのでした。
実に、塗魂が渡航する日程の、わずか1ヶ月前のことでした。加えて、上記の段取りは、すべて平尾社長ご自身と、サウリウアス氏の手弁当で実施されたのです。
さらに、私たち塗魂本隊が赴く前日にはカウナスに前乗りされ、材料の仕入れ確認をし、二人揃って私たちを出迎えて下さったのです。
ここまでして、平尾社長が動いて下さった背景には、社長自身の誠実なる人間性はもちろんのこと、スギハラハウスをドイツ製の塗料で再生させることに、ご自身自ら、深い意味を見出して下さったからに他なりません。
平尾社長がこの材料の輸入元であるドイツ『クライデツァイト』社のスタッフや関係者の皆様の前で、今回のプロジェクトの話した折、ドイツ人の恩師が優しく微笑み、
「たとえ僅かでも、過去の歴史の償いになれることは、とても意義深いことです。平尾さん、ありがとうございます。」と声をかけられたのです。その恩師の真心に何としても応えたいという、平尾社長の深い決意があったからに違いありません。
師曰く、「陰の立場の人が本当に大切である。幹部は、その人たちの心を大切にしていかなければならない。陰の支えがあって、表舞台で活動させて頂いているということを、けして忘れてはならない」
そして、「知恩 、報恩は人間性の精髄である 。忘恩は人間性の放棄である 」
さらに、「陰で奮闘してくださっている方々への、深い感謝の思いがあってこそ、組織に温かい人間の血が通うんです。それがなくなれば、冷淡な官僚主義となってしまう。」と
このようにスギハラハウスの再生に深い意義を見出し、陰で献身的に動いて下さった方がいたからこそ、このプロジェクトが成功を収めることができましたことをここに書き留めておきます。
なぜなら、あらゆる組織は、陰の功労者に光を当て、感謝できる人間の集まりであってこそ、初めて存続させる意味があるからです。
201709/09
日本の「ペンキ屋」、「命のビザ」旧領事館を修復
201709/09
スギハラハウス再生後に訪れたカウナス第九要塞
傍観せず、差別の芽に声を上げる
スギハラハウスの外壁塗装を無事に終えた翌朝、完成した建物を見に行き、その後、カウナスの街を散策しました。
この日はメインストリートに雑貨店や屋台が並び、日本で待つ家族や友人へのお土産を選ぶのに、ちょうどよい一日となりました。
スギハラハウスは、救いを求める避難民に向き合い、多くの命を守る決断をした杉原千畝氏の人道精神を伝える歴史的な建物です。ボランティア活動とはいえ、この大切な建物を塗装する責任は重く、作業中は常に緊張感がありました。
施工を終えたことで、カウナスを訪れてから初めて、ゆっくりと街並みを眺め、行き交う人々の表情にも目を向けることができたように思います。
この日は少し足を延ばし、カウナス市内にある「第九要塞」を訪れました。
第九要塞は、帝政ロシアによって築かれたカウナス要塞群の一つです。第二次世界大戦中には、ナチス・ドイツ占領下における大量殺害の現場となりました。約5万人が犠牲になったと推計され、その多くがユダヤ人だったとされています。現在は、歴史を伝える博物館・追悼施設として保存されています。
この場所に立ち、改めて胸に刻んだのは、差別や迫害の兆しに気づいたとき、自分が当事者ではないからといって傍観してはならないということでした。
ナチスは反ユダヤ主義を政治的に利用し、宣伝や法制度を通じて排除を段階的に拡大していきました。偏見が広がり、人と人との間に心の壁が築かれるほど、迫害は社会の中へ深く浸透していきます。
これは、規模こそ異なりますが、身近ないじめにも通じる構図ではないでしょうか。誰かが孤立させられているとき、周囲が沈黙するほど被害は深刻になります。
ナチスに抵抗したドイツの牧師マルティン・ニーメラーは戦後、迫害の対象が自分とは異なる人々だったときに声を上げなかった結果、最後に自分が狙われたときには、助けを求める相手が誰も残っていなかったと回想しています。
同じ惨劇を二度と繰り返さないためには、国籍や民族、宗教などの違いを越え、同じ人間として互いを理解し、友情を育むことが大切です。そして、差別や憎悪の芽を見つけたときには、傍観者にならず、勇気を持って声を上げなければなりません。
遠回りに見えても、日々の交流を通じて相互理解と信頼を育むことが、平和への最も確かな歩みになると考えています。
塗魂ペインターズが各地で続けている「塗装でできる社会貢献」が、人と人を結び、互いの違いを尊重できる社会を築く一助となることを、心より願っております。
201709/08
スギハラハウス再生|涙の完工
平和への祈りを込めた仕上げ塗装最終日
スギハラハウスの仕上げ塗装は、2日目を迎えました。
作業開始前に前日の仕上がりを確認すると、塗り継ぎによる目立ったむらもなく、外壁は美しく仕上がっていました。その状態を目にし、私たちはようやく少し安堵することができました。
2日目も、基本的な作業方法は前日と同じです。
職人たちは足場の上へ等間隔に並び、互いの進行速度を確認しながら、刷毛を縦横に動かしてシリカットペイントを塗り重ねていきます。
一度塗料が塗られたことで刷毛の滑りも良くなり、前日に経験した作業の感覚を全員が共有できていたため、施工速度は次第に上がっていきました。
当初は、限られた人数と時間の中で完成させることが困難とも思われた現場です。しかし、午後になると完工への見通しが立ち始め、張り詰めていた職人たちの表情にも、少しずつ柔らかさが戻ってきました。
この数日間、大野隊長をはじめとする職人たちは、どれほどの緊張と責任に耐えていたことでしょう。
杉原千畝氏がこの場所で下した決断に思いを寄せ、心の中で対話を重ねながら、一本一本の刷毛を動かしていたのではないでしょうか。
そのひと刷毛、ひと刷毛には、建物を美しく蘇らせるという職人としての責任とともに、差別のない世界と平和への祈りが込められていました。
そして、ついにすべての仕上げ塗装が完了しました。
作業を終え、足場から降りてくる大野隊長の頬を、涙が伝っていました。
限られた施工メンバーを選ばなければならなかった苦悩。文化遺産を必ず美しく仕上げなければならない責任。そして、日本から駆け付けた仲間全員の思いを背負い続けた緊張。
そのすべてから解き放たれた瞬間に流れた涙だったのだと思います。
私は、その姿を決して忘れることはありません。
杉原千畝氏がかつて使用していた執務室で、大野隊長を撮影した一枚の写真があります。
その写真を見るたびに、私には大野隊長が杉原氏の肩へそっと手を添えているように見えます。そして杉原氏もまた、「大野さん、ありがとう」と、静かに喜んでくださっているように感じられてなりません。
「深い川は静かに流れる」という言葉があります。
大野隊長は多くを語る人ではありません。しかし、言葉以上に誠実な行動と真心をもって、現場の陣頭指揮を執り、スギハラハウス再生プロジェクトを完工へと導いてくださいました。
施工責任者として重い役割を引き受け、最後まで仲間の思いと施工品質を守り抜いてくださった親友・大野雅司さんに、改めて心より感謝申し上げます。
※映像は9月のスギハラハウスプロジェクト完了後に作成させて頂いたものです。





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