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【スギハラハウス】の記事

スギハラハウス

『塗魂2』とスギハラハウス再生

塗魂2

塗魂2

平尾社長と親友の上林先輩

平尾社長と親友の上林先輩

スギハラハウス再生の施工指揮の大野隊長

スギハラハウス再生の施工指揮の大野隊長

精鋭の施工部隊1

精鋭の施工部隊1

精鋭の施工部隊2

精鋭の施工部隊2

黒柳友理さんと愛娘のせんちゃん

黒柳友理さんと愛娘のせんちゃん

三興塗料の社長とマネージャーと研修生のジルビナス

三興塗料の社長とマネージャーと研修生のジルビナス

上林塗装家族とジルビナス

上林塗装家族とジルビナス

プロジェクト完了後のひととき

プロジェクト完了後のひととき

スギハラハウスの館長と共に

スギハラハウスの館長と共に

朝日新聞記者として中小企業を取材し、塗魂ペインターズを応援してくださっている中島隆氏が、メンバー一人ひとりの活動と人生に光を当てた書籍『塗魂2』を執筆してくださいました。

『塗魂2』は、2024年10月22日に刊行された、塗魂ペインターズの国内外におけるボランティア活動を紹介する一冊です。第一章「『命のビザ』の現場 永遠に」では、2017年にリトアニア・カウナスで行われた杉原千畝記念館、通称「スギハラハウス」の再生プロジェクトが描かれています。NPO法人塗魂ペインターズ『塗魂2』発売のお知らせ

『塗魂2―世界を彩るペンキ屋たち』をAmazonで見る

メディアや書籍には、限られた紙面や時間の中で内容を構成し、焦点を絞る必要があります。そのため、一つの出来事が多くの人々の思いと行動によって成り立っていても、すべてを紹介することはできません。

ゲーテが自伝を『詩と真実(Dichtung und Wahrheit)』と名づけたように、同じ事実であっても、どの視点から語るかによって見える姿は変わります。

ここでご紹介する内容は、中島氏の記録を補足し、評価し直すためのものではありません。私自身もプロジェクトに参加した一人として、誌面には収まりきらなかった仲間の真心と行動を、もう一つの記録として残しておきたいと考えました。

1.施工許可を得るまでのプラネットジャパン・平尾社長の尽力

日本ではリトアニアへの渡航準備が進んでいた一方、現地では文化遺産局から正式な施工許可が得られておらず、渡航しても何も施工できないまま帰国する可能性がありました。

その状況を打開するため、株式会社プラネットジャパンの平尾社長は現地通訳を手配し、関係者との協議を幾度も重ねました。そして、ドイツ・クライデツァイト社のシリカットペイントを用いた施工仕様を提案し、作業開始のおよそ1か月前に正式な許可を得ることができました。

さらに、使用材料から産業廃棄物の処分に至るまで、必要な費用をご負担くださいました。表舞台からは見えにくい、まさにプロジェクトの根幹を支えた働きです。

陰の大功労者

2.現場を率いた大野隊長の葛藤と責任

施工責任者として現場の第一線に立ち、指揮を執ったのが、岐阜県の大野塗装・大野将司社長です。

初めて使用する特殊な塗料、限られた作業時間、文化遺産という失敗の許されない建物。大野隊長は、施工品質と参加者一人ひとりの思いの間で葛藤しながら、難しい判断を重ねました。

現場で塗装できる人数が限られる中、仲間もまた、自分が前に出ることよりプロジェクトの成功を優先しました。その譲り合う心が、現場の秩序と施工品質を支えました。

スギハラハウス蘇生に向けて
尊敬なる大野隊長1
尊敬なる大野隊長2
尊敬なる大野隊長3

3.特殊塗料を扱うための材料管理と試験施工

文化遺産局から使用許可を得たシリカットペイントは、欧州の歴史的建造物の保護にも用いられる特殊な材料です。当時は日本へ通常輸入されておらず、現地で初めて扱う塗料であったため、施工直前まで緻密な材料確認と試験施工が行われました。

塗り継ぎによるむらを防ぐ施工方法や材料の調整を入念に検討し、経験豊富なメンバーが役割を分担。現場には「必ず成功させる」という強い緊張感と責任感がありました。

材料確認と試験施工
シリカットペイント

4.親子で参加した黒柳友里さんの思い

黒柳塗装の三代目として仕事と子育てを両立しながら、親子でプロジェクトに参加した黒柳友里さん。

自らが社会貢献に取り組む姿を幼いお子様へ見せたいという思いと、仲間がいれば立場や環境を越えて人の役に立てることを伝えたいという覚悟がありました。その姿は朝日新聞でも紹介されています。

壁塗る姿、幼子に見せた母

5.カウナスの学生を迎えた三興塗料・清水社長の研修

リトアニアでの施工に先立ち、現地との信頼関係を築くため、カウナスの学生を日本へ迎えて研修が行われましたました。

三興塗料の清水社長は、塗料や施工技術を学ぶ機会を整えるとともに、日本ペイントや関西ペイントでの研修にも尽力してくださいました。施工開始より前から積み重ねられた交流が、国境を越えた信頼の土台となりました。

三興塗料研修
日本ペイント研修
関西ペイント研修

6.上林塗装・上林社長による心のこもった受け入れ

カウナスの学生を受け入れ、研修や交流に尽力してくださったのが、秩父市の上林塗装・上林猛社長です。

上林社長は、親友である平尾社長を塗魂ペインターズへつないでくださった方でもあります。技術研修だけでなく、食事や地域文化に触れる時間まで用意し、学生たちを温かく迎えてくださいました。

上林塗装研修
上林塗装研修・うどん編
上林塗装研修・温泉編
プラネットジャパン研修

7.施工後に向き合ったカウナスの歴史

すべての施工を終えた翌朝、完成したスギハラハウスを確認し、安堵の中でカウナスの街を歩きました。

その時間は、プロジェクトの完了を喜ぶだけではなく、ナチスによる迫害の歴史と、杉原千畝氏が命のビザに託した人道の精神へ、改めて思いを寄せる機会となりました。

カウナスでのひと時

このプロジェクトで、改めてお伝えしたいことがあります。

メディアで紹介されたかどうかにかかわらず、参加した一人ひとりが活動に深い意義を見いだし、それぞれの場所で欠かすことのできない役割を果たしていたということです。

そして、参加者の背後には、日本から成功を祈り、送り出してくれた仲間や、留守を守ってくれた家族がいました。

彼らの目的は、メディアに取り上げられることではありません。スギハラハウス再生プロジェクトを無事に完遂し、杉原千畝氏の人道の精神を次代へつなぐことでした。

人生において大切なのは、他人からの評価だけではなく、自らの信念に従って行動し、仲間との絆を深め、支えてくれた家族や友人へ感謝の報告ができること。そして、振り返ったときに「楽しかった」「悔いはない」と言えることではないでしょうか。

改めまして、私心なくスギハラハウス再生プロジェクトに関わってくださった「地上の星」のような一人ひとりに、心より感謝申し上げます。

お客様と共に、地域の皆様や子供たちと共に、塗装業界の仲間と共に ...誰もが心豊かに生きる社会の実現を目指して。安田塗装の社会貢献活動

スギハラハウス

友情

安倍首相を出迎える地元の子供たち

安倍首相を出迎える地元の子供たち

安倍首相来館

安倍首相来館

2017秋杉原千畝記念館再生プロジェクトにて

2017秋杉原千畝記念館再生プロジェクトにて

プラネットジャパン平尾社長と上林さん

プラネットジャパン平尾社長と上林さん

首都ビリニュスにて

首都ビリニュスにて

プロジェクト終了後カウナスでのひととき

プロジェクト終了後カウナスでのひととき

プロジェクト終了後カウナスでのひととき

プロジェクト終了後カウナスでのひととき

カウナスの友人のお店の前で

カウナスの友人のお店の前で

カウナスの青空市場にて

カウナスの青空市場にて

昨日、安倍首相と昭恵夫人がリトアニアに訪問され、杉原千畝記念館を視察した様子のニュースがテレビや新聞で報道されておりました。

首相は記者団に「大変暖かい歓迎を受けることができたが、杉原千畝さんの勇気に対する地域の皆さんの気持ちのあらわれだ。地元の皆さんが、領事館にひるがえっていた日の丸を含め、杉原さんの記憶を大切に保存していただいていることに日本を代表してお礼を申し上げる」と述べました。

異なる国家との交流は、政治や経済による往来も重要であることに違いありませんが、リトアニアと日本は、国家の命令よりも、生命の尊厳を大切にした杉原千畝の勇気の選択の共感を通し、国境を越え、友情を育み、平和を広げることができるに違いありません。

総じて、政治には矛盾があり、経済の世界には格差がありますが、友情は平等であり、普遍であり、永遠です。

どうしても政治は力の論理、経済は利害の論理になりがちな中、友情を基調とした平等な立場での教育や文化の往来が、人間相互の魂と魂を、心と心を結び付けていくからです。

さて、昨年秋、塗魂ペインターズの一人として、杉原千畝の心に思いを馳せ、この記念館の再生に携わらせて頂きましたが、足場が外れないうちに日本へ戻って来てしまいましたので、安倍首相を追うカメラにほんの少しの間だけ映っていたきれいな杉原記念館を見て、安堵と共に感慨深いを思いです。

きっと、塗魂家族の皆様も同じような思いだったのではないでしょうか…

恩師の思いをわが胸に焼き付け、

友と共にこの記念館の再生に携わり、

平和の大切さを発信できたこと、

友と共に心を分かち合えたこと、

そして、また一つ新しい友情を育めたことは、年月が経とうとも、けして色褪せることはないでしょう。

人間として究極の証が友情であり、友情ほど人生の勝利と栄光の縮図になるものはなく、友情と信義に生き抜く人は、何倍も価値ある人生を勝ち取っていくことができるからです。

ゆえに、誰に見られていなくても、また、けして光は当たらなくても、

純粋なる思いで、陰で黙々と、かつて命のビザを発行した旧領事館の蘇生のために働き、差別なき平和への思いを世界に発信しようとご尽力下さった、心美しき皆様の証は、心の中の思い出だけに留まることはありません。

目には見えなくても、深い絆として、変わることにない友情として、共に活動した友と友の間で厳然と輝き渡り、それぞれの人生物語を荘厳するに違いありません。

アメリカの民衆詩人ホイットマン曰く、「英雄の名声も、将軍の勝利も、大統領の権勢も、自分はうらやましいとは思わない。しかし固い友愛で結ばれた人々が、苦難にも中傷にも怯まず、一生を通じて、いかに勇敢に、思いやり深く、そして、いかに誠実に共に生き抜いたか。その人間の絆を、何よりもうらやましく思う」

自分自身の人格と幸福の拡大は、立場等で決定されるものでされはなく、どんな立場で活躍しようとも、一人一人の友情が育まれてこそ、真の人格の拡大があり、真の幸福があるからです。

因果応報…

一人一人にとって、この度の活動がいかなる意味を成すかは、時がすべてを明らかにしてくれでしょう。

真に育まれた友情こそが、朽ちることのない人生の宝であり、自身の勝利の証だからです。

昨年秋建物再生によって差別なき世界の平和への思いを蘇生させようとしたスギハラプロジェクトです。

お客様と共に、地域の皆様や子供たちと共に、塗装業界の仲間と共に ...誰もが心豊かに生きる社会の実現を目指して。安田塗装の社会貢献活動

スギハラハウス

眞愛

横浜の小学校で

横浜の小学校で

中央が片山伊佑

中央が片山伊佑

東大和市の児童養護施設で

東大和市の児童養護施設で

イスケと永浜兄の貴重なツーショット

イスケと永浜兄の貴重なツーショット

スギハラハウスの蘇生に参加する永浜兄

スギハラハウスの蘇生に参加する永浜兄

スギハラハウスの蘇生に参加する伊佑

スギハラハウスの蘇生に参加する伊佑

スギハラハウスの希望の門の前で

スギハラハウスの希望の門の前で

 眞愛…

この題目をからしますと、真実の愛について綴るのかと誤解されそうですが、私如きがそんな大そうなことを綴るようなことは致しません。

数年前に知り合ったばかりなのに、旧知のように塗魂ペインターズで共に活動している、眞愛という名の小田原のペンキ屋の親方で、片山 伊佑(イスケ)という名の親友について綴らせて頂きます。

株式会社 眞愛(しんあいぺいんと)
-小田原市の外壁塗装専門店-

サスケ…否、イスケ…、江戸時代の忍者のような名前です(笑)

初めてお会いしたとき、片山さんと呼ぶと、イスケと呼んで下さいと言われましたので、イスケさんと呼ぶと、「さん」はいりませんと言われましたので、それ以来、イスケと敬称を略させて頂いております。

呼び方まで指定されて面倒な男です(笑)

初対面では緊張されていたのか、はたまた猫をかぶっていたのか(笑)わかりませんが、言葉数が少なかったように記憶しています。

しかし、後日、イスケを塗魂に導いた彼の兄が、さりげなく、彼のホームページの下記のあいさつ文をfacebookで紹介したのです。

塗り替え工事・外壁塗装をお考えのあなたへ

気がつけば夏が過ぎ、あっという間に秋の季節を肌で感じる時期になってきましたね。

一歩外に出るとこの時期どこからともなく香ってくるあの匂い・・・・・・・・・・。

きんもくせいの香りが優しく漂い、蝉の声は次第に消え失せる、そんな人恋しくて物寂しい秋になりました。

こちらのサイトへお越しのあなたは、どう過ごされていますか?

兄曰く、「笑かそうとしているのか真剣なのかわかりませんが、同業者とは思えない斬新で独特の感性ですね(笑)」とユーモラスにも、温かく紹介していたのを覚えております。

これがきっかけとなり、徐々に仲間の間で彼の名が浸透してきたのでしょう。

イスケ自身、若くして創業したため、職人のこと、お客様のこと、資金繰りのこと、苦労の連続だったようで、インターネットで同業者の動向を検索していくうちに大阪のとある塗装屋さんのホームページが目に留まり、思い切って悩みを相談したのでした。

それに一つ一つ丁寧に応えてくれたのが、大阪の永建工業の永浜さんだっだのです。

大阪の屋根、外壁塗装戸建て住宅塗替え専門店 永建工業

そして、この出会いがきっかけとなり、塗魂ペインターズに入会したのです。

きっと、このとき、縁深き二人が、出会うべくして出会い、血のつながりを超え、瞬間的に兄弟のような深い絆で結ばれたのでしょう…いな、思い出したという方がぴったりかもしれません。

記憶にはないものの、遠い昔、「本当に困ったときに出会うことにしような」と、約束でもしていたかのような、物語の一場面のようにも思えます。

今では、仕事に対する誠実さと、社会貢献活動における真摯な姿勢、そして、独特の感性が皆にも好かれ、関東塗魂ペインターズのムードメーカーでもあります。

そんな中、昨年は関東ボランティアに留まることなく、震災に見舞われた熊本の復興を願い、生まれて初めて飛行機に乗り、熊本ボランティアに参加、さらに、同じ年の秋には、平和への祈りを込めて、はるか8000㎞離れたリトアニアのスギハラハウスに行くことになるとは、当の本人さえも夢にも想像していなかったに違いありません。

彼には名聞名利を求める気持ちなどは微塵もありません。

只々純粋に、「日々生活が大変な一庶民の自分だって、自分の心の中に壁さえ作らなければどんなことだってできるんだ」と、いかなる境遇であっても、誰一人もれることなく、無限の可能性を秘めていることを我が命をもって証明したい、そして、関わる人々の心の中に希望と勇気の春風を贈りたい、との祈りに似た純粋な思いが彼と彼の家族を動かしたに違いありません。

生きているからこそ、悩みは尽きることはありませんし、計り知れない突然の悲しみに襲われることもあります。

しかし、生きていればこそ、ささやかではあっても、かけがえのない幸せに出会うことができるのも事実です。

そんな彼を見ていると、昔、恩師が私自身に教えて下さった言葉を思い起こすのです。

人がどう評価するか、それはどうでもよい。

また、一時の姿がどうかということもない。

要するに最後の最後に会心の笑みを満面に浮かべられる人生がどうかである。

生涯を振り返り「自分は人生に勝った。楽しかった。悔いはない。」と言える人が勝利者である。

きっとイスケを塗魂に導いた縁深き兄も、イスケがいかなるときも、彼を信じ、仕事で成功することだけでなく、いな、それよりも、人生の勝利者になることを心待ちにしているに違いありません。

「本当に困ったときに、再び、出会うことになっているんだよ」と優しく微笑みながら…

 

映像は2017年秋、永浜さん、イスケと共に参加したスギハラハウス蘇生プロジェクトです。

お客様と共に、地域の皆様や子供たちと共に、塗装業界の仲間と共に ...誰もが心豊かに生きる社会の実現を目指して。安田塗装の社会貢献活動

スギハラハウス

リトアニアの地で平和を願う

リトアニアの地で平和を願う

ありがたいことに塗装と塗料の業界紙であるコーティングメディア様に、リトアニアにおける塗魂ペインターズの活動をトップ記事でご紹介いただきました。

正確なる取材と温かなるご厚意に心より感謝申し上げます。

リトアニアで平和を願う杉原千畝記念館塗り替え塗魂ペインターズ

塗魂ペインターズは、9月3日から10日までの8日間、リトアニア共和国・カウナス市を訪れ、杉原千畝記念館の塗り替えを行った。同記念館の大規模修繕に同会が支援を申し出たことで塗装ボランティアが実現。日本からメンバー40人と家族を含めた計60名が参加し、杉原千畝記念館に込められた歴史に触れた。


今回、同会が塗装ボランティアを行なった杉原千畝記念館は、第2次世界大戦中、在リトアニア日本領事館として使用されていた建物。当時、外交官の杉原千畝がナチス弾圧を逃れようと国外脱出を求めるユダヤ人に対して、戦火が及ぶ寸前までビザを発給し、多くの命を救ったことから「命のビザ」として語り継がれている。現在はリトアニアのスギハラ財団が運営・管理し、執務室など当時の状態で保存、世界中から観光客が訪れている。

しかし木造3階建ての一軒家は、築約80年が経過し、老朽化が深刻な状況に。修繕の必要に迫られていた状況を記事で目にした同会が支援に名乗りをあげた。幸い、2015年のハワイボランティアの実現に寄与した重枝豊英大使がリトアニアに赴任していた縁も手伝って、財団やカウナス市の承諾を得、屋根修復に要する修繕費用の一部支援と塗装を同会が引き受けることが決まった。修繕費用はクラウドファンディングを活用した。

こうした日本と浅からぬ関係にあるとはいえ、1人30~40万円の渡航滞在費をかけ、1週間以上会社を離れることも辞さない彼らを駆り立てるものは何なのか。同会の海外ボランティアを担う塗魂インターナショナルの安田啓一会長は「ペイントには”蘇生”という意味があります。塗装によって建物を当時の状態に再生することによって、多くの命を救おうとした杉原千畝の想いや忘れてはならない歴史を蘇らせることができます。塗装を通じて平和を願う我々にとっても、歴史ある建物に関わらせて頂くことは得難い経験」と参加の意義について語った。

「我々だけではできなかった」

安田氏は「今回のボランティアは我々だけでは到底成し得なかった。多くの方々の協力と支えがありました」と影の功労者の存在を強調する。過去、国内86回、海外2回に及ぶ塗装ボランティアを行ってきた同会だが、世界記憶遺産にも申請している歴史建造物を塗るのは初めて。これまでと異なる状況に混乱もあった。

特に課題となったのが、塗料の調達。副資材は日本から送ったが、塗料の国内輸送が困難な中、ドイツ・クライデツァイト社の日本代理店として自然塗料の販売を主力にするプラネットジャパンの平尾和眞社長がプロジェクトの話を受け、塗料の無償提供に賛同。ドイツ本社の協力も取り付け、ドイツからの材料供給を段取りした。

更に労力を要したのが使用塗料の選定。杉原記念館のような文化遺産の工事には、使用塗料を含めてリトアニア文化遺産局の許可を要することが判明。事態を知った平尾氏は、リトアニアの首都ヴィルニュスにあるクライデツァイト社の代理店に協力を求め、当局、カウナス市などの関係者との度重なる協議を経て、使用塗料が決まった。「平尾社長はじめ我々の力の及ばないところでたくさんの尽力を頂きました」と感謝の意を述べる。出国1カ月前のことだったという。

混乱は施工現場でも続いた。採用された塗料は、石灰などの無機粉末と水ガラス溶液を現場調合する水ガラス塗料(クライデツァイト社)。歴史的建造物で豊富な実績を持つが、日本では馴染みが少なく多くが施工未経験。混合、撹拌してから30分の放置を必要とし、ローラー塗装は不可で刷毛塗りのみ。刷毛も仕様に従い、ラスター刷毛を即席で2本束ね、毛束に厚みを持たせるなど材料、工程とも自由に任されていた従来のボランティアとは全く異なった。更に刷毛目の均一性と継ぎ目が出ないように施工チーム15人が等間隔に位置し、速度を合わせて塗装するなど、終始緊張感を強いられる現場となったが、無事工期内で予定の500㎡の塗装を終えた。

安田氏は「当会は社会貢献を目的に集まった塗装施工集団だが、塗装ボランティアを通じ、出会うことのできない人に出会い、知らない社会の現状や歴史に触れることで、メンバーの経営感度に相当な影響を与えている。小さな思いから社会を変えられることをこれからも体現していきたい」と話す。

社会的関心度の高さと不慣れな海外活動で新たな試練に直面した今回のボランティアだったが、最後は積み重ねてきたメンバー相互の信頼関係が成功に導いた。

お客様と共に、地域の皆様や子供たちと共に、塗装業界の仲間と共に ...誰もが心豊かに生きる社会の実現を目指して。安田塗装の社会貢献活動

スギハラハウス

壁塗る姿、幼子に見せた母

塗魂ペインターズの黒柳塗装さんの黒柳友里(くろゆり)さんが朝日新聞に掲載されました。

朝日新聞様の温かなるご厚意に心より感謝申し上げます。

以下記事より引用
———
シングルマザーでも、小さな子どもがいても、すばらしい仲間がいれば社会貢献できるんだ、と証明したかった。

…人づてに聞いた、父が「娘は私の誇りです」と言っていたと…
———
お父様のこの思いは時が経つにつれますます強くなるに違いありません。
社業のご発展とご家族のお幸せを心よりお祈り申し上げます。

勧め、ペインターズ:下 壁塗る姿、幼子に見せた母

20170930_a.jpgのサムネール画像

お客様と共に、地域の皆様や子供たちと共に、塗装業界の仲間と共に ...誰もが心豊かに生きる社会の実現を目指して。安田塗装の社会貢献活動

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