【スギハラハウス】の記事

スギハラハウス

希望の門と杉原千畝「命のビザ」

希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ

スギハラハウスに刻まれた人道の決断

この門は、杉原千畝氏が「命のビザ」を求めて集まった人々を領事館へ招き入れた、歴史的な門です。

そこには、「希望の門 命のヴィザ」と記されています。

1940年7月18日の早朝、杉原氏がカーテンを開けると、カウナスの日本領事館は大勢のユダヤ系避難民に取り囲まれていました。

ナチス・ドイツとソ連によるポーランド侵攻を受け、故郷を追われてリトアニアへ逃れてきた人々です。着の身着のまま、家族を伴い、幾日もの移動を重ねて日本通過ビザを求めていました。杉原千畝記念館・岐阜県八百津町

しかし、日本政府が定めていたビザの発給要件を満たしていない避難民も少なくありませんでした。当時の規定では、最終目的国への入国許可や、旅行に必要な資金などを有していることが求められていたためです。

杉原氏は本省へ照会を重ねましたが、返ってきたのは規定に沿って対応するよう求める回答でした。

外交官として国の方針に従う責務と、目の前で助けを求める人々の命を守るという人道的判断。その間で、杉原氏は深く苦悩したと伝えられています。

そして1940年7月29日、避難民が領事館へ集まってから11日後、杉原氏は自らの良心に従い、日本を通過するためのビザ発給を開始しました。在ロサンゼルス日本国総領事館

「これから皆様にビザを発給します」

その知らせは、先の見えない状況に置かれていた人々にとって、生きる希望そのものだったに違いありません。

杉原氏は限られた時間の中で、昼夜を問わずビザを書き続けました。外務省の記録によれば、発給されたビザは2,000通を超え、多くの人々が国外へ脱出するための道を開きました。外務省外交史料館

後に夫人の杉原幸子氏は、民族の違いにかかわらず命の重さは同じであり、助けを求める人がいて、自分に手を差し伸べる力があるならば見過ごすことはできない――それが夫の信念だったと振り返っています。

この門をくぐった人々が求めていたのは、特別な待遇ではありません。ただ、生きること、家族とともに安全な場所へ逃れることでした。

杉原氏は、国籍や民族、宗教の違いを越え、一人ひとりをかけがえのない人間として受け止めました。この門は、その人道的な決断によって多くの命が未来へつながったことを、今も静かに伝え続けています。

私たちが再生に携わったのは、一つの歴史的建造物だけではありません。杉原千畝氏が示した勇気と慈愛、そして人間の尊厳を何よりも大切にする心を、次の世代へ受け継ぐための場所です。

「希望の門」がこれからも、訪れる人々に命の尊さと、目の前の人を救う勇気の大切さを語り続けることを願っております。

映像は9月のスギハラハウスプロジェクト完了後に作成させて頂いたものです。

お客様と共に、地域の皆様や子供たちと共に、塗装業界の仲間と共に ...誰もが心豊かに生きる社会の実現を目指して。安田塗装の社会貢献活動

スギハラハウス

再会

三人の研修生

三人の研修生

三興清水社長とジルビナス

三興清水社長とジルビナス

今日はスギハラハウスの前にて開会式。

天気予報によれば、今日の午前中は雨です。

雨なら即中止のはずの開会式でしたが、何とか持ちこたえてくれました。

そして、5月に日本に研修に来ていた3人の学生がスギハラウィークの開会式に駆け付けてくれました。

笑顔を見ると、数ヶ月の月日はあっという間に埋まり、滞在時の記憶が鮮やかに蘇ってまいります。

 

 

 

映像は9月のスギハラハウスプロジェクト完了後に作成させて頂いたものです。

お客様と共に、地域の皆様や子供たちと共に、塗装業界の仲間と共に ...誰もが心豊かに生きる社会の実現を目指して。安田塗装の社会貢献活動

スギハラハウス

スギハラハウスプロジェクト

スギハラハウスプロジェクト
スギハラハウスプロジェクト
スギハラハウスプロジェクト
スギハラハウスプロジェクト
スギハラハウスプロジェクト
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スギハラハウスプロジェクト
スギハラハウスプロジェクト
スギハラハウスプロジェクト
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 この度、塗魂ペインターズにおいて、リトアニアのカウナスにある旧日本領事館であるスギハラハウス再生プロジェクトに携わらせて頂きました。

僭越ながら、9/4の開会式において、「何のためにスギハラハウスの再生に携わるのか」について発表させて頂きました。

貴重な機会を与えて下さいました関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

———————-

1

平和の勇者が集う街カウナス、ここに向かう途中、私たち塗魂の心は、天空を駆け抜け、時を遡り、77年前のカウナスに思いを馳せておりました。

時は第二次世界大戦、真只中、憎しみの心に支配された、差別と抑圧の指導者らがいました。

彼らは、国家、宗教、民族など、あらゆる差異で人々の心を分断し、自分の欲望のままに、自分を正当化し、尊き人々の命を虫けらのごとく扱ってきたのです。

2

1940年7月18日、杉原千畝は、ここ、カウナスの日本領事館にいました。

早朝、彼がカーテンを開けると、窓の外には、多くの人々が取り囲んでおりました。

彼らは、けして他人の不幸の上に自身の幸せを築いたわけでもなく、ましてや罪を犯したわけでもありません。

ただ、友のため、家族の笑顔のため、一日一日を懸命に生きてきた、健気なる庶民でありました。

しかし、罪なき彼らが、戦争によって思い出の詰まった住まいを追われてしまったのです。

いつの時代も最も犠牲を強いられるのが、健気なる庶民であります。

3

千畝は、外交官として、定められた仕事をしていれば、誰からも責められることはありませんでした。

しかし、彼は、外交官としてだけでなく、一人の人間として人生の意味を問い、国家の命令よりも生命の尊厳を守るために勇気の決断したのです。

この偉大なる決断は、国境を越え、時を超え、人々の心の中に今も燦然と輝き渡っているのです。

4

さて、あれから、77年の月日が流れ、人々の生活は豊かになり、あの時代のことは、遠く過ぎ去った歴史の一場面のようにも思われます。

しかし、本当にそうでしょうか…、

時が流れても

・差別発言を繰り返す指導者らがいます。

・民衆を犠牲にしながら、軍事力を強化する国家がある。

・自国の安全のためには、他国の罪なき人々が犠牲になってもよいといった、生命軽視の思想がある。

テロリズム、人種差別、ヘイトスピーチ、そして核兵器は、未だ絶えることはありません。

どんなに長く時が流れても、戦争の因は人間の心の中に深く宿っているが故、同じ過ちを繰り返す危険性は至る所にあるのではないでしょうか…

5

では、この世界を分断し破壊する戦争に打ち勝つものは一体何なのか…

それは、「戦争のない世界を、未来の子供たちに贈りたい」との希望を、歴史創造の力へと鍛え上げる「民衆による誓いの連帯」に他ならないと確信するものであります。

・私たちは、いかなる境遇であろうとも、誰もが等しく、無限の可能性を秘めていると信じています。

・その力を一人一人から引き出し、結集していくことで、周囲や社会を変え、やがては国家を、世界をも動かしゆくことを信じている。

・そのためには、「自分如きに世界を変えることはできない」といった無力感やあきらめと戦い、一歩、行動に踏み出す「勇気」が必要だということを確信しているのです。

6

私たち(塗魂ペインターズ)は、けして有力の政治家でもなければ、ましてや、お金持ちでもありません。庶民の中の庶民の、ペンキ屋であります。

しかしながら、千畝の生命に脈打つ世界市民としての魂の鼓動を感じることができます。

そして、カウナスの皆様は、非暴力の「人間の鎖」によって独立を果たした、世界でも稀にみる精神大国の誇り高き市民です。

7

その私たちだからこそ、できることがあるのではないでしょうか…

否、私たちでなければ、できないことがあるのではないでしょうか…

ペイントには蘇生という意味があります。

誇り高きカウナス市民の皆様と共に、杉原ハウスのペイントを通し、絆を深め、

千畝の心に幾度となくこだました「人間には誰しも幸福に生きる権利があり、誰も置き去りにしてはならない!」との思いを、今再び、鮮やかに蘇させたいと思うのです。

8

声を上げたり、行動を起こすことは、何も特別な人間でなければできないことではありません。「平和な生活が送りたい」「大切なものを守りたい」「子供に苦しい思いをさせたくない」との人間として当たり前の感情さえあれば十分です。

戦争のない世界を未来の贈り物にするために、

今、ここカウナスから、カウナスの皆様と、塗魂ペインターズから、「民衆による誓いの連帯」を世界に広げてまいろうではありませんか!

お客様と共に、地域の皆様や子供たちと共に、塗装業界の仲間と共に ...誰もが心豊かに生きる社会の実現を目指して。安田塗装の社会貢献活動

スギハラハウス

いざ、カウナスへ

成田から出発する塗魂の皆様

成田から出発する塗魂の皆様

金塚さんご夫婦

金塚さんご夫婦

見送りに来て下さった日進産業の石子社長と共に

見送りに来て下さった日進産業の石子社長と共に

今日から約1週間リトアニアのカウナスへ行ってまいります。

目的は、第二次世界大戦中、杉原千畝が6000人の命のビザを発行し、命を救った、旧日本領事館、現在の杉原千畝記念館の外壁塗装を行い、スギハラハウスを再生させること、

そして、建物を再生させることを通し、

「人間は誰しも幸福に生きる権利があり、誰も置き去りにしてはならない」

との杉原千畝の魂の蘇らせること。

世界の民衆が、未来の子供たちに戦争のない世界を贈り物としようとの「誓いの連帯」ができますよう、平和への思いを発信するためです。

どうか、今すぐではなくても、遠くない未来に私たち塗魂ペインターズの思いが伝わりますように…

 

 

映像は9月のスギハラハウスプロジェクト完了後に作成させて頂いたものです。

お客様と共に、地域の皆様や子供たちと共に、塗装業界の仲間と共に ...誰もが心豊かに生きる社会の実現を目指して。安田塗装の社会貢献活動

スギハラハウス

研修修了

研修修了
研修修了

 11日に来日して、6日間の研修を修了し、3人の学生が帰国の途に就きました。

現場研修から、塗料メーカーでの個人セミナー、温泉やうどんづくり、かなり密度の濃い6日間となりましたが、笑顔で本当に頑張ったと思います。

この秋、6000千人のビザを発行し命を救った、カウナスの旧日本領事館である杉原千畝ハウスで再会できることを願って…

 

映像は9月のスギハラハウスプロジェクト完了後に作成させて頂いたものです。

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