スギハラハウス

スギハラハウス再生|大野隊長の決断

施工開始日、ホテルの前にて

施工開始日、ホテルの前にて

幸子夫人が植えたと言われる林檎の木の下で、

幸子夫人が植えたと言われる林檎の木の下で、

いつも施工部隊の先頭に

いつも施工部隊の先頭に

大野隊長を中心に団結する施工部隊

大野隊長を中心に団結する施工部隊

大野隊長を陰で支えるネタ場メンバー

大野隊長を陰で支えるネタ場メンバー

限られた施工人数を選ぶ責任と葛藤

スギハラハウス再生プロジェクトにおいて、施工の全責任を担い、足場の第一線で指揮を執ったのが、岐阜県各務原市の有限会社大野塗装・大野雅司社長です。

大野社長は、杉原千畝氏と同じ岐阜県出身です。根っからの職人で、決して多くを語る人ではありません。しかし、責任感は人一倍強く、同時に人の心の機微を深く理解できる、心優しい人物です。

有限会社大野塗装のホームページ

今回使用する塗料は、ボランティア活動だからといって、私たちが自由に選べるものではありませんでした。

スギハラハウスは歴史的・文化的価値を持つ建物です。そのため、使用材料や施工方法は、リトアニア文化遺産局の意向と基準に沿って決定する必要がありました。最終的な施工仕様が決まったのは、現地作業のおよそ1か月前でした。

採用されたのは、ドイツ・クライデツァイト社の「シリカットペイント」です。

シリカットペイントは、鉱物質の粉末塗材とカリ水ガラスを組み合わせる、2成分形の純粋な鉱物系塗料です。近代的な水ガラス系シリカット塗料は19世紀後半に確立され、欧州では歴史的建造物を含む鉱物系外壁の保護に長く使用されてきました。

施工時には、粉末塗材とカリ水ガラスを規定の比率で攪拌し、一定時間なじませた後、再び十分に混ぜ合わせます。下地の状態に応じた配合調整や試験施工も必要となる、専門性の高い材料です。

また、クライデツァイト社の施工要領では、刷毛を使用して塗料を均一に「ウェット・オン・ウェット」で塗り進め、作業を途中で中断しないことが基本とされています。ローラーや吹き付けによる施工は推奨されていません。クライデツァイト「シリカットペイント」技術資料

今回のスギハラハウスは、下地のプラスターに深い凹凸がありました。そのため、塗料を隅々まで行き渡らせるには、外壁全面を刷毛で仕上げなければなりません。

さらに、先に塗った部分が乾いてから重ねると、塗り継ぎが色むらとなって残る可能性があります。いつものように会話を楽しみながら、自分のペースで進めたり、途中で別の職人と交代したりできる作業ではありませんでした。

外壁一面をむらなく仕上げるには、職人が足場の最上段へ等間隔に並び、互いの進行速度を合わせながら、一斉に下へ降りていく方法を取る必要があります。

求められるのは、一人ひとりの技術力だけではありません。全員が隣の職人の動きを把握し、塗り継ぎをつくらないよう速度をそろえる、緊密なチームワークです。

しかし、足場へ安全に上がり、同時に作業できる人数には限りがあります。

日本で会社を空け、自ら旅費を負担し、約8,000キロの距離を越えて集まった腕利きの職人たち。その中から、実際に仕上げ塗装を担当する十数名を選ばなければならなくなりました。

翌朝には作業を開始しなければならないため、その日の夜までに施工メンバーを決める必要があります。

その判断を担ったのが、大野隊長でした。

大野隊長自身が生粋の職人だからこそ、この仕事のためにリトアニアまで来た仲間の気持ちが、痛いほど分かります。

「スギハラハウスを塗るために来たにもかかわらず、現地で初めて、作業できる人数が限られていると知る。そして、自分の名前が呼ばれなかったとしたら、どれほどつらいだろう」

仲間一人ひとりの表情を思い浮かべると、胸が締め付けられ、思いがあふれて涙を抑えられなかったといいます。

翌朝、選抜メンバーの名前が告げられました。

予想していたとおり、名前を呼ばれなかった仲間の表情には、落胆の色が浮かびました。その思いを受け止めながらも、大野隊長には、文化遺産であるスギハラハウスを美しく仕上げ、プロジェクトを必ず成功へ導く責任がありました。

仲間の心を大切にしたいという優しさと、施工責任者として決断しなければならない立場。その二つの間で、大野隊長は重い責任を背負っていました。

――つづく

映像は9月のスギハラハウスプロジェクト完了後に作成させて頂いたものです。

お客様と共に、地域の皆様や子供たちと共に、塗装業界の仲間と共に ...誰もが心豊かに生きる社会の実現を目指して。安田塗装の社会貢献活動

スギハラハウス

スギハラハウスを支えた15人の連携

スギハラハウス蘇生に向けて
スギハラハウス蘇生に向けて
スギハラハウス蘇生に向けて
スギハラハウス蘇生に向けて

シリカットペイント施工に求められた決断と仲間への思いやり

前日までに、下地となるプラスターの吸い込みムラを抑えるため、水ガラス1に対して水2を混合したプライマーを塗布しました。本日から、いよいよシリカットペイントによる上塗り作業に入ります。

作業開始前には、使用材料の状態を確認して試験塗装を実施。仕上がりを確かめた上で、塗装方法や各自の役割について入念に打ち合わせを行いました。

シリカットペイントは、乾燥した部分へ後から塗り継ぐと、その境目がムラとして残りやすい、施工難度の高い塗材です。そのため、大人数が各所へ分かれて自由に塗り進めることはできません。

今回は慎重を期し、外壁を面ごとに仕上げる方法を採用しました。職人が足場の最上段に等間隔で並び、塗り継ぎ部分が乾燥しないよう呼吸を合わせながら、上から下へ同時に移動していく施工方法です。

足場上で作業できる人数には限りがあるため、急きょ15名の施工メンバーを選ぶこととなりました。

ここで明記しておきたいのは、この選抜が技術力の優劣を基準としたものではないということです。施工方法を検討する中で、前夜になって初めて人数を限定する必要が生じたため、現場の配置や作業条件を踏まえて行われた判断でした。

施工隊長を務めた岐阜県・大野塗装の大野社長にとっても、苦渋の決断であったと思います。

参加者は皆、多忙な中で自社の仕事を調整し、スギハラハウスを再生するため、約8,000キロの距離を越えてカウナスへ集まりました。その思いを考えれば、現地で突然、外壁を直接塗ることができないと告げられたときの複雑な心境は、察するに余りあります。

それでも混乱することなく作業を進められたのは、自分が前に出ることよりも、仲間を立て、プロジェクトの成功を最優先に考えるメンバーが集まっていたからにほかなりません。

足場に上った15名だけでなく、材料の準備や管理、地上での支援など、それぞれが与えられた役割を担いました。誰か一人の力ではなく、参加者全員の技術、責任感、そして仲間を思いやる心によって、スギハラハウスの再生は進められたのです。

カウナスに集った塗魂ペインターズの皆様が示してくださった、譲り合う心と深い友情。その目に見えない支えもまた、このプロジェクトを成功へ導いた大切な力として、ここに書き留めておきたいと思います。

映像は9月のスギハラハウスプロジェクト完了後に作成させて頂いたものです。

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スギハラハウス

カウナスに集った塗装職人の覚悟

協伸の熊井社長による材料チェック

協伸の熊井社長による材料チェック

館山の佐々木さんが中心となって施工法確認

館山の佐々木さんが中心となって施工法確認

技術と人格で支えたスギハラハウス再生

カウナスに集ったのは、「段取り八分」の重要性を身をもって理解している、経験豊かな親方たちです。

今回使用するシリカットペイントは、日本ではほとんど施工経験のない特殊な塗材でした。そのため、作業を始める前に試験塗装の結果を確認し、材料の配合や刷毛の動かし方、塗り継ぐタイミング、各自の配置について入念な打ち合わせを行いました。

「失敗は許されない」

「何としても成功させよう」

「杉原千畝氏の人道の精神を、建物とともに未来へつなごう」

一人ひとりが抱いていた強い責任感は、真剣な表情と細部にわたる打ち合わせに表れていました。現場全体が静かな決意に包まれ、親方たちの全身から張り詰めた緊張感が伝わってきます。

難易度の高い塗装を美しく仕上げるために必要なのは、技術力だけではありません。互いの役割を尊重し、仲間と呼吸を合わせ、プロジェクトの成功を最優先に考える姿勢が不可欠です。

カウナスに集ったのは、確かな技術に加え、責任感と仲間を思いやる心を備えた親方たちでした。

その一人ひとりの真心と覚悟が、スギハラハウス再生を支える大きな力となったのです。

映像は9月のスギハラハウスプロジェクト完了後に作成させて頂いたものです。

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スギハラハウス

スギハラハウスを守るシリカットペイント

基材

基材

石灰や大理石粉末が主成分の基材

石灰や大理石粉末が主成分の基材

基材に水ガラスを入れ攪拌

基材に水ガラスを入れ攪拌

平尾社長と上林さん

文化遺産の再生に採用された2成分型の鉱物塗料

スギハラハウスの再生にあたり、リトアニア文化遺産局との協議を経て採用されたのが、ドイツ・クライデツァイト社製の「シリカットペイント」です。

シリカットペイントは、次の2種類の材料を施工直前に混合して使用する、2成分型の鉱物塗料です。

・大理石粉、酸化チタン、タルク、カオリン、石英粉などからなる粉末状の基材「シリカットホワイト」

・ケイ酸カリウムと水からなる「水ガラス」

一般的な合成樹脂塗料のように表面へ塗膜を形成するのではなく、水ガラスが鉱物下地と反応する「珪化」によって一体化します。透湿性や耐候性に優れ、歴史的建造物の保全にも用いられてきた鉱物塗料です。

下塗りには、水ガラス1に対して水2の割合で希釈したプライマーを使用します。下地となるプラスターの吸い込みを均一に整え、その後の仕上がりにムラが生じるのを抑えるための重要な工程です。

続く中塗りでは、粉末基材12kgに対して水ガラス17リットルを加え、電動撹拌機でダマがなくなるまで十分に混ぜ合わせます。その後、30分以上寝かせて材料をなじませ、再度撹拌してから使用します。

上塗りは、粉末基材12kgに対して水ガラス10リットルを混合する仕様です。ただし、実際の配合や希釈量については、下地の吸水状態や気候条件を確認し、試験塗装を行った上で調整する必要があります。

施工には高い専門性が求められます。材料は刷毛を用いて、塗り継ぎ部分が乾燥しないよう「ウェット・オン・ウェット」で連続して仕上げなければなりません。ローラーや吹き付けによる施工には対応しておらず、作業を途中で止めると、その部分が色ムラとして残る可能性があります。

クライデツァイト社の技術資料においても、施工には専門的な知識と経験が必要であり、全面施工の前に必ず試験塗装を行うことが推奨されています。クライデツァイト社「シリカットペイント」技術資料

当時、日本では一般に流通していなかった特殊な塗材を使用し、文化遺産として大切にされている建物を仕上げる――。その責任の重さを胸に刻み、材料の計量、撹拌、養生時間、塗装方法の一つひとつを確認しながら、慎重に施工を進めました。

映像は9月のスギハラハウスプロジェクト完了後に作成させて頂いたものです。

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スギハラハウス

希望の門と杉原千畝「命のビザ」

希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ
希望の門 命のヴィザ

スギハラハウスに刻まれた人道の決断

この門は、杉原千畝氏が「命のビザ」を求めて集まった人々を領事館へ招き入れた、歴史的な門です。

そこには、「希望の門 命のヴィザ」と記されています。

1940年7月18日の早朝、杉原氏がカーテンを開けると、カウナスの日本領事館は大勢のユダヤ系避難民に取り囲まれていました。

ナチス・ドイツとソ連によるポーランド侵攻を受け、故郷を追われてリトアニアへ逃れてきた人々です。着の身着のまま、家族を伴い、幾日もの移動を重ねて日本通過ビザを求めていました。杉原千畝記念館・岐阜県八百津町

しかし、日本政府が定めていたビザの発給要件を満たしていない避難民も少なくありませんでした。当時の規定では、最終目的国への入国許可や、旅行に必要な資金などを有していることが求められていたためです。

杉原氏は本省へ照会を重ねましたが、返ってきたのは規定に沿って対応するよう求める回答でした。

外交官として国の方針に従う責務と、目の前で助けを求める人々の命を守るという人道的判断。その間で、杉原氏は深く苦悩したと伝えられています。

そして1940年7月29日、避難民が領事館へ集まってから11日後、杉原氏は自らの良心に従い、日本を通過するためのビザ発給を開始しました。在ロサンゼルス日本国総領事館

「これから皆様にビザを発給します」

その知らせは、先の見えない状況に置かれていた人々にとって、生きる希望そのものだったに違いありません。

杉原氏は限られた時間の中で、昼夜を問わずビザを書き続けました。外務省の記録によれば、発給されたビザは2,000通を超え、多くの人々が国外へ脱出するための道を開きました。外務省外交史料館

後に夫人の杉原幸子氏は、民族の違いにかかわらず命の重さは同じであり、助けを求める人がいて、自分に手を差し伸べる力があるならば見過ごすことはできない――それが夫の信念だったと振り返っています。

この門をくぐった人々が求めていたのは、特別な待遇ではありません。ただ、生きること、家族とともに安全な場所へ逃れることでした。

杉原氏は、国籍や民族、宗教の違いを越え、一人ひとりをかけがえのない人間として受け止めました。この門は、その人道的な決断によって多くの命が未来へつながったことを、今も静かに伝え続けています。

私たちが再生に携わったのは、一つの歴史的建造物だけではありません。杉原千畝氏が示した勇気と慈愛、そして人間の尊厳を何よりも大切にする心を、次の世代へ受け継ぐための場所です。

「希望の門」がこれからも、訪れる人々に命の尊さと、目の前の人を救う勇気の大切さを語り続けることを願っております。

映像は9月のスギハラハウスプロジェクト完了後に作成させて頂いたものです。

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